今週のお題「受験」-私立中学を2年で辞めた話
今週のお題……私の「受験」の思い出は、裕福な家庭じゃなかったのに私立中学を受験して結局2年で辞めたことです(*゚д゚)
ざっくりと家庭環境から
私は母子家庭ひとりっこで育ち、小4のときに母が今の父と再婚。
弟と妹(父の連れ子)ができて、母との2人暮らしが一気に5人家族になりました。
新生活をスタートさせた親のテンションが高かったこともあると思うのですが、当時分数や小数を含んだ四則計算が大好きでせっせとドリルを楽しんでいる私(地味か!)を見て「うちの子、私立中学受かるんじゃない?」と親。
…今思えば社会も理科も苦手で、国語も普通で、ただただ算数の計算が楽しかっただけの子どもによくそんな提案をしたものです。
しかもうち、裕福じゃなかったのに。(ここ大事)
だから「特待生じゃなきゃダメだからね」とも言われていました(苦笑)
成績と私立中学受験結果
中学受験をする家庭は、早め(小4とか)に塾に入るのが鉄則みたいな風潮がありましたが、私の入塾は小6。
幸い勉強も塾も好きでのめりこんだこともあり、また教室が新しかったこともあり、2科目受験にしたこともあり、毎週のテストで教室1~3位は維持できました。
中学校は全部で4校受けました。
- A中(遠くの学校で試し受験。偏差値約53)=特待生合格(寮費も授業料もタダ)
- B中(本命。偏差値約60)=合格(特待生にはなれず)
- C中(すべり止め。偏差値約44)=特待生合格
- D中(記念受験。偏差値約69気になっていろんなサイトをみてみたら偏差値64くらいだそうです。随分と盛ってしまった…!すみませんでした!!)=合格
A中は寮だからダメといわれ、第一志望はB中だったけれど、難易度の高かったD中にも受かったけれど、特待生だからC中に進学しました。
中学を「辞める」という選択
結果、C中には2年通って辞めました!
中学は義務教育なんで正しくは「転校した」なんですが、気持ち的には「辞めた」が正しいです。
なぜかというと、入学時は特待生で授業料免除だったものの、中2になるときの特待生選抜でもれてしまい、授業料が必要になってしまったからです。
親は、高校卒業までの6年間特待生いる前提で私立に入れたよう。
入学時は8割以上の得点者の上位5名までが特待生、進級時は学年1~2名選抜。。
内部生がめちゃくちゃ頭よく、学年1位とか2位とか無理でしたー!
「特待生じゃないなら辞めろ」って親から直接的に言われたわけではなかったのですが、「あんたのせいでお金がない」とは散々、本当に散々言われました(´∀`;)
これ、「勉強しなさい」よりも嫌だったなー
「お金がない」から、私はお風呂の追い焚きも禁止でした。
ほかの家族4人が入った残り湯はぬるい通りこして冷たくて、お風呂が嫌いになりました。
そんなこんなで1年も耐えられず、「公立に行ってみたい」なんてできるだけ前向きな理由をつけて親や先生に転校の意思を伝え、晴れて公立中学に転校することになりました。ちゃんちゃん。
ただ、今思えば子ども心にも転校は苦しい決断だったんです。
教訓
教育資金もないのに子どもを無計画に進学させるの厳禁。
性格が悪くなっていくのが自分でもわかった
……未成年時代の自分を俯瞰すると、小学生のころから特に性格がひん曲がっていったような気がします。
もともと家庭環境にいろいろあったことや、親の再婚後の生活が決して順風満帆ではなかったこともありますが、加えてちょっと勉強ができることを鼻にかけた傍若無人な性格になっていった……(汗
対して家ではイイコみたいな典型的な子どものグレのパターンですね。
でも当時から自分で自分の性格の悪さに気付いていて、中学に入ったころから「性格が良くて優しい女の子になりたい!」と強く思いながら今まで過ごしてきました(;´∀`)
壮大な性格矯正ヒストリーです(笑)
それに気付いただけよかったかな。
最後に
そんな感じで「受験」の思い出でした。
悲しい話ではなく、今となっては人生のおもしろネタです。
ちなみに、中学校までは勉強できた方でしたが、高校からはがくっと成績が下がりました!